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第1回 井戸端会議

  • 第1回井戸端会議「クリスと語ろう!」 議事録

    会 場 東京国際フォーラム 会議室 G505
    日 時 2005年9月15日(木) 17:30〜20:00
    参加者 17名(アートNPO、公共ホール職員、アートディレクター、ダンサー、財団職員等)
    ゲスト クリストファー・トムソン(The Place・英国)
    司 会 大澤寅雄(NPO法人STスポット横浜)
    記 録 樋口貞幸(NPO法人アートNPOリンク事務局)
    主 催 アートNPOリンク
    共 催 ブリティッシュ・カウンシル

    議事録

    主催者を代表して樋口の挨拶と会の主旨説明、クリストファー・トムソン氏(以下クリス)の自己紹介、参加者各自の自己紹介に引き続き、早速クリス氏と参加者の自由なディスカッションを開始

    I
    私たちは現在、ある地方の劇場の教育プログラムの企画協力をしています。学校に教育委プログラムの意義を理解してもらうことに、劇場の担当者はとても苦労しています。英国ではナショナルカリキュラムのある部分をアーティストが手伝うということを聞きましたが。

    クリス
    (学校に理解してもらう手法は)複雑です。様々なレベルでアプローチできますが、英国では各学校の独立性が強く、それぞれの学校長が大きな裁量をもっています。トップダウンとボトムアップの両方が必要で、時には政治的アプローチも必要でしょう。ただ、文部大臣のようなトップダウンとなると20年ぐらいはかかるでしょう。逆にボトムアップの方法としては、保護者や教師など味方を見つけることが必要です。 どのようにコネクションをつくるのかというと、ダンサー自身が近くにある学校に直接連絡をして「無料でいいからワークショップをやらせてほしい」とアプローチする方法があります。ダンスのワークショップでは、保護者たちも楽しい動きをしているのを見ることができます。 そこで、ずっと無料というわけにもいかないので、もっと継続的な活動になるように予算をつけてもらうことが必要になります。

    M
    ダンスについて理解のある人について働きかけるのは分かりますが、ダンスが持つ力を信じていない人にどうやってアプローチするのでしょうか。

    クリス
    英国でも同じ問題に直面しています。様々な学校があるので、芸術系の高校や体育専門の学校※1などはダンスの重要性は分かってくれます。 ただし英国でも一般の保護者は、必ずしもアーツの重要性を理解してもらえていないのも現状です。簡単な答えはありません。ダンスを通して、いろいろなスキルが身に付くということも言いますし、問題解決能力や創造力がつくという言い方もしますが、実際のところ説得力が弱い部分もあります。 日本の事情とは違うかもしれませんが、英国の高校は校長先生に影響力があり、社会的に尊敬されています。校長を味方に着けるのは有効です。小学生の保護者に比べ、高校生の保護者にはさらに理解してもらいにくいでしょう。ただ、校長先生自身が教育全体のためにプラスであると信じているならば、保護者を説得してくれるでしょう。 アーツを通して創造力が高まるという話があるが、それだけでは保護者は心配になることもあります。規律やしつけを守る能力を高めるという説明もあり得ます。 創造性を強調する場合もあれば、ダンスのテクニックのように厳しい技術を要求するものもあります。 また、ビジュアルアーツではデジタル技術を必要とするものもあり、デジタル技術を獲得することができるという説明もできます。

    ※1…イギリスでのスペシャリストスクールは、いわゆる日本の専門学校とは異なり、セカンダリースクールの中で、ナショナルカリキュラムには準拠しつつ、独自の専門分野を強化した学校(97年くらいから始まった試み)。

    大澤
    この会が始まる直前に、ダンスを使って科学の学習に取り組んできる事例を伺いました。ぜひ参加者の皆さんに紹介してください。

    クリス
    英国では、子どもがどのようにして物事を学習するのかといった教育論の研究が進んでいます。最近紹介された研究では、知能には複数の能力があり、言語による把握能力だけでなく、数値的、空間的、音楽的な把握能力など、様々な“知能”があります。つまり物事の学習には、人それぞれに得意な知能を使った学び方を見つけることが必要だということです。音を聞いて学ぶ、映像によって学ぶ、身体を通した体験から学ぶなど、いろいろあります。 私たちは通常、それらを複合させて学んでいるが、当然、人によって得意不得意があります。教育の課題として、科学的な概念を学ぶ時に、言葉と科学的概念をどうやって組み合わせて学ぶことができるかという課題があります。 そこで私たちが行った小学校での2年間行ったプロジェクトの結果を紹介しますが、7歳から11歳の子どもを対象にして、科学的概念を学ぶためにダンスを使えばより深く覚えることができるかというテストを行いました。そして、その方法を教材としてCD-ROMにしています。

    Y
    具体的な例を教えてください。

    クリス
    授業では、言葉、音楽、カードをつかったものなど、いくつかあります。身体を使うということでウォーミングアップなども取り入れています。このレッスンは継続することを前提にしています。毎回授業の最初に、前回の授業で何をしたかを要約し、再び強調します。例えば科学の実験であれば、磁石のNとNの部分を合わせるとどうなったかという話をします。前回のことを復習した次に、実際に体を使って動いてみます。磁石の吸着と反発を、体で表現してみます。 動きを表すということは、単純にすれば“くっつく”“離れる”だけですが、そこでアーティストの力が発揮されます。子どもたちにいろんな動きやコンセプトを提示して、それをもとに、創造的な動きを子どもと一緒に作り出します。最初はコンセプトの部分についてダンスをします。二番目に“くっつく”“離れる”というところをダンスで表現します。最後に、今日は何を学んだかを総括します。そういったことが、一つのプロセスです。必要なことは、コース全体でどういうコンセプトを学ぼうとしているか全体像を構築し、身体の動きで表すことで、何を学ぶことができるかを総括するということです。 これは『トロイの木馬』と考えても良いでしょう。科学の概念を理解してもらうために、学力向上のためにこのCD-ROMを使いますが、本当は科学を学んでもらいたいということではなく、科学を学ぶにはダンスは有効なツールですよ、と言うために持ち込んでいるとも言えます。要はダンスを普及するための、一つの手段なのです。

    大澤
    まだ日本ではアートの教育普及プログラムは始まったばかりです。この場にいる参加者は、概ねアートを通してコミュニケーションや表現力を学ぶということをやっていますが、アートを通して学校の正規科目を理解する、ということで日本の事例はありますか?

    I.H
    京都のある小学校で、算数の時間、分数の解き方を理解するために、演劇を導入してドラマ形式で俳優達が分数の解き方をドラマにしたてて取り組んでいる例があります。ただ実際には、学級崩壊という大きな問題があり、普通に授業をしても成立しないという事情があるために、先生が苦慮した結果、アートに助けを求めたという感じです。

    クリス
    英国でも同じような困難な状況はありますが、特効薬はないと思います。例としてダンスと科学で話をしましたが、何でも良いのです。身体の動きを通しながら、何かを学ぶということが大切です。我々がこのプロジェクトから気がついたことは、人によって学び方が違うように、勉強が苦手な子どもたちというのは、動きによって学ぶということが得意だったという例があります。

    Y
    ナショナルシアターのプロジェクトで、ある特定の学校にナショナルシアターで学校でのエデュケーションプログラムを持っているというのを聞きました。そこでは、なぜか数学の点数が伸びたという話があり、それをアーツカウンシルが助成しています。

    S
    ダンスを使って勉強が出来るようになるなら、それは売り文句になりますね(笑)。

    I
    ダンスエデュケーションだと思いますが、カナダのアーティストがダンスと数学を組み合わせたものをやっていました。幾何学で、二等辺三角形や相似形などを学ぶというものだと思います。そういった、ある教科とダンスといったものを結びつけてプログラムを作るというとき、英国ではどうやって発展させているか。ラバンセンターのコミュニティダンスのコースにあるのか?

    クリス
    それも複雑です。ダンスと科学のプロジェクトはまだ新しいもので、昨年の夏にCD-ROMを出したばかりです。我々はいま先生を対象にしたプログラムをやっています。 複雑だと言った意味は、ダンスそのものが素晴らしいと考えている人がいるけれど、いま紹介したアプローチにおいて、ダンスはツール以外の何ものでもありません。アート理想主義の人は複雑な気持ちになってしまいます。厳しくいえば、それはダンスでも何でもない、という人もいるでしょう。しかし私たちは、現実的にならなければなりません。社会は、教育のみならず貧困の問題など、様々な困難の解決を求めています。英国の授業の中でも、多動症などを含めて、いろんな問題を抱えています。移民の多い地域での学校では言葉が分からないということもあります。 これからの時代は、経済にしてもそうですが、ますます知識が基盤になるような社会になってきています。それに対応できるような人材を育てないといけないという動きは、アートにとって実は幸運な動向です。そういうニーズにダンスが有効であると売り込まなければいけないと思います。 そのためには、本当に優秀な、ダンスを理解する先生を探さねばなりません。ダンスを芸術として、さらに学校のニーズを理解して、行政の担当者が納得できるような、魔術師のような人を探すことが必要です。 英国ではかなりコミュニティダンスという領域が成熟してきました。実はコミュニティダンスは一つではなく、いくつかに分けられます。一つひとつが専門領域だと言っていますが、いまそれらをさらに細かく定義する必要があると言われています。高齢者とのダンスから得られるものは多く、そこで教える人は、特殊な教育方法を学ぶ必要があります。小さな子どもを対象にしたものでは、高齢者向けとは違う教え方や利益があります。これからはもっと細分化して考えていかなければならないでしょう。

    樋口
    日本で活動しているアーティストは、何かのツールとしてダンスを使うというような動向に矛盾は感じますか?

    T
    知的障害の方を対象にワークショップをやっていますが、私でなくてはできないようなダンスを、そこで教えられるのかどうか悩みました。つまり、誰にでもできるような、例えば簡単な振付や、分かりやすいリズム運動のようなものであれば、私でない人の方が向いているのではないかかとも思うので、そこが一番苦労しました。 私自身が舞台に対して求めるオリジナリティを、ワークショップの中に取り入れることができないと、私がそこにいる意味とか、やる必然性があるのかどうか。そればかりを考えてしまいます。私自身のオリジナリティとそこで求められていることの距離をどう結びつけて行くかということが難しいと感じています。

    H
    英国に行って(ダンス学校の)授業でコミュニティに対してダンスを創作するものがありました。その時、どう表現していいか分かりませんでした。イギリス人の同級生はとても自由にやっていました。もともと私はバレエをやっていましたが、テクニックに関しては言葉が分からなくてもできましたが、自分が受けてきた教育の中では、ダンスはあくまで体育の中でやってきたもので、人と合わせることしかできませんでした。ダンサーとしてのコースだったので、教えるコースではなかったのですが、講義の中にエデュケーションの授業がありました。そこでは今日の目的というのがちゃんとあって、子どもの中でも何歳から何歳に教える場合のイメージの持たせ方など、具体的に勉強しました。今日の話を聞いていて、どうやったらみんなが理解できるかを学んだことを思い出しました。

    H.T
    (何かのツールとしてダンスを使うということに)抵抗は全然ありません。私は、イギリスのラバンセンターに行っていました。そこでいろんな授業の組み立て方を学んだのが大きかったです。いま幼稚園で子どもたちに教えていますが、先ほどの磁石の原理を教えることもやっています。手と手を合わせるというのは、ただ先生がやるから真似をするというのは普通にありますが、3歳くらいの子どもは磁石が生まれて初めてだったので、くっつくというのを現実的に見てから、先生の手とくっつくというのをやると、実感が全然違ってくるのです。

    O
    私が所属している劇団は、学校児童館、劇場などで演劇のワークショップを作っています。私自身は現在、STスポット横浜で神奈川県教育委員会と一緒に、主に高校でアーティストによる授業をコーディネートしています。私は、正直な気持ちとして、磁石の原理を教えるためにダンスを使うのは嫌だな、と思います。磁石の授業は、理科の先生がやれば良いと思うのですが。

    樋口
    英国の事例を聞いていると、研究者やアーティスト、コーディネーターが一緒になって、系統立ててワークショップが構築されているように見えますが、実際にはどうやって成立してきたのですか?

    I
    英国の国柄として、一つの結論として「これが良い」「唯一の手法だ」ということにはなっていないと思います。

    クリス
    まず、皆さん磁石のことにこだわっていますが、これは大きな話の一部にすぎません。一番重要なことは、ダンスのことをよくわからない人たちに、ダンスや身体の動きというのが、いろいろな公益性や可能性がありますよ、ということの例として、特殊なプロジェクトを紹介しました。 こういった活動には、様々な側面があるかと思います。政府には国民からのニーズがあり、様々な解決策を模索しています。ダンスは、そうした国民のニーズを満たすことができるということをアピールする必要があります。授業そのものは、必ずしもアーティストが授業を教えなければいけないということではありません。興味がある人が教えるのが通常です。 くっつくということは、磁石の動きを見せるとより深く理解できるということもありますが、基本的なコンセプトを理解しても、アーティストがどこかに参加しなければ意味がありません。基本的な概念があっても、アートのことを分からない人が間にたっても理解し得ません。そこにアーティストが介在することによって理解しやすいものが生まれる。だからこそ創造的な能力が生まれるのです。 また、英国では決して系統立てた理論があるわけではなく、活動はバラバラに動いています。バラバラに動いていますが、それぞれの動きが見える環境があります。つまり”visibility”(見えること)こそが重要なのです。 英国では、ナショナルカリキュラムのなかにダンスがあると言いましたが、先生によってはダンスを教える自信がないという理由で教えていない学校もあります。トップダウンが重要だというのは、公式文書の議題にのせてもらう必要があるからです。仮に教育基本法にダンスが教育に良いということが書かれていたら、それが説得する材料になるわけです。

    K
    日本では体育の時間にダンスがありますが、英国ではどうですか?

    クリス
    英国でも体育の教科の中に入っています。そこには歴史的な背景があります。どうしてかというと、とりあえずカリキュラムに入れるために努力した結果でもあるし、スポーツは一番大きなスペース(体育館など)を必要としているように、場所も必要だからです。学校の中で一番ダンス教育がうまくいっているのは、芸術系の専門的な高校などです。 最近、厚生労働省※2が、健康についての公式文書を出しましたが、ダンスについて一行だけ言及していました。それだけでも良かったのです。そこでは、スポーツ専門の学校では、スポーツは学校の教育だけに終わっては行けないということで、学校以外の地域のスポーツクラブなどと連携をとるようにという主旨が掲載されています。 文化・メディア・スポーツ省が出した公式文書にも、外部のダンス団体などにダンスを教える人が連携するようにという通達が出ました。これは通達が出たからどうだ、ということではありませんが、この動きをバックアップするためにデータベースを作り始めました。どのようなダンスの機関があるかといったことは、一人で調べることはできせんが、データベースにアクセスすればダンス団体などを調べることができるようになりました。

    ※2…Ministry of Health, Labor and Welfare

    大澤
    確認しますが、ダンスは体育の授業の一部ということですか?

    クリス
    カリキュラムの中ではスポーツの学科の中に入っています。細かく言うと、現在はスポーツの中にダンスが入っていますが、政治的な情勢も大きく影響します。 過去8年間、英国ではリベラルな政権が続いたために、教育政策もフラットでゆとりのある環境になっています。これから社会はもっと複雑になり、そのためにも創造性を養わなければ対応できない。それを育てる人材が必要だという風潮になっています。 そうしたゆとりのある環境であるため、アートも重要だと認識されています。政府もいろんな手段をとり始め、学校に資金が降りてきています。

    大澤
    日本の場合は音楽や美術が正規科目になっていますが、英国では、例えば演劇などは正規の授業になっているのでしょうか?

    クリス
    美術 “art” と音楽 “music” は歴史の長い教科ですが、演劇は国語 “English” の授業の中に含まれています。演劇分野のアーティストも同じような苦労をしています。演劇は英語科目の中に束縛されていて、それが学校の先生の理解によって、アートの一部になっています。

    大澤
    いままでの話の中では、アーティストと学校の中に仲介役の話が出てきていませんが、この場の参加者は仲介役が多いようです。仲介役には、どういう資質が必要なのかを教えてください。

    クリス
    先ほどもデータベースに触れましたが、データベースも仲介役のツールになるということが言えます。データベースを作っても、学校の先生とアーティストを紹介する役割は人間が行います。だから皆さんのような “broker” (ブローカー)※3が必要なのです。 美術館やダンスハウスなどは、”education officer” (エデュケーションオフィサー)というポジションを抱えています。大きな芸術機関では、コミュニティ向けのアウトリーチプログラムをもっています。大きな団体というのは、公的援助をもらっているので、やはり芸術のためだけではなく、地域コミュニティや一般市民に何かを還元しなければいけないということが、義務としてあります。 ダンスハウスとは、コミュニティ向けワークショップやアウトリーチ活動など、ダンス公演の代理人業務的役割だけでなく広範囲の仕事をします。なお、The Placeも、ブローカーであり、ダンサーや学校を結びつける役割を担っています。高齢者施設や病院などにワークショップを行う場合も、私たちが間に入って、ダンサーなどの交渉をしています。英国には大手のダンスハウスが9つあり、小さいものは他にもいくつかあります。 ダンスエージェンシーは公演企画も、アウトリーチも、教育プログラムもやっていますが、様々な面でアーティストをサポートしています。アーティストサポートとは、制作的、精神的な支えとなり、ネットワーキングを助長するなど。例えばオーディションの情報提供や、トレーニングのアドバイスなどです。 そのため、ダンスハウスには日常的にアーティストが出入りしています。それでアーティストとコミュニケーションや人間関係を構築しているのです。 英国でダンスの大学で学位を取る人は、ある程度の教育やコミュニティダンスの単位を取得する必要があります。大学で学ばなくても、大学院にいって勉強している人もいます。ブローカーはこういう時にも役立ちます。 ダンサーとして教育プログラムに参加するためには、少しでもこういう授業をとっていれば条件を満たすことができます。

    ※3…仲立ちをする、橋渡しを行う、取り決めや取引のまとめ役をする人、という英語での一般的意味

    O
    クリスさんは、教員の免許を持っていますか?

    クリス
    演劇を教える教員免許は持っています。元来は演劇を教える学位を取得したのですが、学校で教えるということはせず、友達とダンスと教育のための会社を設立していました。現在ではずっとダンスをどうやって紹介するのかという話をしていますが、私はわりと初期の段階からそういうことに関わっています。 教育課程や社会学、美学、舞踊学も学びました。アーツアドミニストレーションを学んだりしましたが、私は特殊なので、あまり良い参考にならないかもしれません。

    大澤
    クリスさんが実践してきた中で感動的だったエピソードを教えて下さい。

    クリス
    昨日のセミナーで、ホームレスまたは元ホームレスの方々と一緒にワークショップをやったビデオを紹介しましたが、あれを見るたびに感動します。非常に特殊なプロジェクトでした。私たちには、ある劇団と、ホームレスの問題に取り組む大きな組織との協働体制がありました。活動の場所が与えられたことなど、いい条件も揃っていました。それでホームレスの方々を対象にしたワークショップを実施できたのです。ホームレスの方々は、家のないところで、追いつめられているところの人たちばかりなので、安全で安心なスペースが確保されたということに喜びを見出しました。それと、人間として対等に扱われているということに感動してくれました。彼らはひとりの人間として、自己表現できることや、安心して思う存分使える場所があるということに喜んでいました。 ある人は、いつも道路で寝る時には金槌を身近に置いて、暴力から身を守っていたりします。そういう状況を考えると、自分が一人の自尊心のある人間として、自分を表現するためにすべて設備も時間も整えてもらえたということを、喜んでもらえたのでしょう。

    Y
    ワークショップを受けた人は参加できてうれしかったということもありますが、アーティストにはどういうフィードバックがありましたか?

    クリス
    このプロジェエクトを立ち上げたときに、アーティストをインハウス(雑誌)で募集し、最終的に3人が集まりました。ある著名なダンスカンパニーのエデュケーションオフィサーのダンサーや、モーションピクチャーズのプリンシパルダンサーなど、全員が非常に優秀なダンサーでした。彼らは自ら立候補したこともありますが、彼らが得たものも大きいでしょう。 ワークショップに参加したホームレスの方々にもダンス公演を何回かお見せしました。できるだけ、先生たちが踊っているところを見せました。ホームレスの方々は、良い服をきて、普通の人のようにダンスホールにいって、参加できることだけでも嬉しかったようです。 この公演に関わったダンサーの一人が、The Placeとの活動の中で、最もクリエイティブな活動だと言ってくれました。

    Y
    英国では病院でのワークショップもたくさん行われていますが、そこで活動している人から聞いたときに、間違ってはいけないのは、彼らアーティストはアートセラピーをしているのではない、ということです。心身の健康のためのダンスワークショップと、アートセラピーは異なると。自分の創造性のために活動しているということが大切です。磁石の話で、アーティストのジレンマの話がありましたが、子どもたちと新しい動きを発見するといった、その創造的な糧が必要なのではないでしょうか。

    クリス
    その通りです。またそれは、アーティストの姿勢によるのではないかと思います。芸術も、自分自身の全てをそのプロジェクトに投資することで、たくさん学ぶものがあります。しかし、中には(そうしたプロジェクトには)向かないアーティストもいます。ここでブローカーの役割が重要になってくるのです。アーティストの資質を見極めなければいけません。向かないアーティストに無理矢理やらせるのはいけないことです。

    S
    昨日のセミナーで、勅使河原三郎さんのワークショップのビデオがありました。1980年代初期ぐらいに勅使河原さんをマネジメントしていた佐藤まいみさんも参加していて、セミナー終了後に私に言った言葉が印象的でした。勅使河原さんの『ルミナス』という作品は目の見えない人の動きから生まれたという話で、昨日のビデオを見てあの作品を作った動機がわかったとおっしゃっていました。私自身も、ビデオを見て初めて勅使河原さんがすごく刺激を受けたということが伝わってきました。

    クリス
    昨日のビデオを見た人は感じたでしょうが、あの動きは、偉大なアーティストの目が入っているからあれだけの動きになったのだろうと思います。つまり身体の動きは、誰でも教えられるかもしれないが、あの動きを見ていると、動きに目的があるということが伝わってきました。アートのことを理解して、教えてくれた人がいたということが重要です。

    S
    イギリスでは、アーティストを教育する機関として、ラバンセンターなどが存在していたというのが大きいと思います。作品をつくるということと、コミュニティとどう関わっていくかということとが、アーティストの教育に活かされているのではないでしょうか。

    クリス
    次に私が言うことは論争を生むかもしれませんが、根本的に思うことは、優れた教師というのは、生まれたときから優れた教師であると思うのです。教育を通して、一定レベルの教師は育つかもしれませんが、うまいかうまくないかは、見てすぐ分かるのではないでしょうか。確かに教育を通して、よりよい教師になるということはあるでしょうが、我々が成功しているのは、生まれつき優れた先生の資質を持っているアーティストを選んでいるということが言えます。 これまでコミュニティダンスは大きな分野でしたが、これからは細分化して一つひとつの分野を吟味する必要があるでしょう。それぞれ違うスキルが必要になり、より吟味が必要になります。細分化によって、教師に必要なスキルが明らかになれば、その細分化した領域の教育プログラムができるでしょう。いまの我々のプログラムは徒弟制度的なもので、慣れている先生に人をつけて、現場で教え、バトンタッチしていくということをやっています。しかし、これでは時間がかかり過ぎます。もう少しシステムが必要です。 英国では、ほとんどの大学でダンスを学ぶときには、教育学やコミュニケーションダンスの授業を取れるようになっています。もちろんラバンのカリキュラムもあります。

    樋口
    いま、私は別団体において『子どもとアーティストの出会い』というプロジェクトを立ち上げています。ここでは、常に学校現場にアプローチを試みています。 その中で、ダウン症の小児へのワークショップや院内学級(無菌室)でのワークショップの依頼が来ました。初めてのことにアーティストも、私たちも臆病になっています。あまりにも何もわからない上に、失敗をすると生死に関わるリスクを考えると、どうしていいか分かりません。 英国では、このような初めての試みをしようとしたときに、どのようにして取組んでいますか?

    クリス
    難しい問題ではありますが、解決不可能な問題ではありません。私たちも病院とのプロジェクトをやったことがあります。精神病患者とのワークショップの経験もあります。しかし、立ち上げるために1年近くという長い時間がかかりました。様々な規則や制限の中で行いました。毎週教える先生たちは、医者を交えてディスカッションします。毎回毎回話をします。 そういうプロジェクトを成功させるためには、正しいパートナーシップをつくることが必要です。英国が全て回答を出せるとは言いたくありませんが、皆さんの状況よりも進んでいるということは言えるでしょう。私たちの経験が少しは参考になればと思います。 ダウン症のお話も、ダウン症でありながらダンサーとして活躍している人もいます。ダンサーを招くのが大変なら、プレゼンテーションツールなどを入手する方法があるでしょう。ブリティッシュ・カウンシルの協力を得ればいいと思います。最初は人とのいい関係をつくるということが重要です。現場の人とは、コミュニケーションができれば問題を解決できます。リスクを評価するのは難しいと思いますが、リスクを解決する方法は見つかるでしょう。 病院というのは、制度が官僚的で厳しい規則があって難しいでしょうが、根気よく話しをするしかありません。 単独で、知識も前例もなく、意思があって「やりたい」といっても、信頼性は生まれないと思います。私たちには、ダンサーがこういうプロジェクトで関わって、学術的な論文を出したという実績がありました。それが説得材料になります。そういうトップダウンでの試みも必要になるでしょう。 こうした対象を取り扱うときには、いろんな側面で同時進行する必要があります。ダンサーの中にはアカデミックな人もいます。そういう人の中には学術的な論文を出したいという人もいるでしょう。病院で行うときは、先方にもリスクがあります。先方に対してダンサーの資質を証明するような資格が欲しいという意見もあるでしょう。だからこそ私たちはコミュニティダンスを始めたときに、資格制度を創りました。

    I
    私たちは、障害のある人とのダンスワークショップを、定期的にアダムベンジャミンといったトップクラスの人をいろいろ紹介しているので、ぜひ聞いてもらえればと思います。 25年前にコースを立ち上げたと仰っていましたが、公式な対話を続けることがすごく大事だと思います。私たちもコミュニティアーティストの育成プログラムをやりました。ただし民間団体としてプライベートにやっていたので、公的な資格はありませんでした。私も障害のあった人のダンスプログラムを長くやっていたので、大学と提携してできないかということを交渉してみましたが、それも困難でした。 さらに資格制度を実践して思うのは、卒業した人がお金をもらって働ける人が無かったということが大きいです。社会的なシステムとして、どのようにしてペイできるシステムをつくるかというのも、私たちが考える問題だろうと思います。

    大澤
    本日はありがとうございました。

    以上